真っ暗の中、先頭車両が目の眩むような明るさでトンネルの中を照らして走っていく。
遠ざかっていくというか、近づいていくというか。
どちらとも言えるのだが、なんだか不思議な光景だった。
―そうか。
先ほど気になったこの暗さと、明るさは。なんとなく宝町を思い出すのだ。
両親が亡くなってというもの贅沢などを知らずに育ってきた鈴木として、宝町はとても神秘的な町であった。
遠くのチャイムが鳴っても、日が沈まないように、煌々とした、不思議な町。
むしろそのチャイムが合図かのようにどんどんと街は色を放っていく。
辺り一面に看板の怪しげな明かりが街を彩り、街灯が美しく足元を照らし、路面電車がライトを付けて縦横無尽に走る。なんと美しいことだろう。
星の色がよく見える、自分の育ってきたあんな所とは大違いだ、と。
むしろ目を細めるほどの眩しさが星のように思えて、甘美でもあり、嫌悪でもあり。
只々その街に全てをゆだねていた頃を思い出すのだ。
―あの街はどうなっているのだろうか。
宝町の事を思い出しているうちに、いつのまにかタバコを片手にしていた。
火をつけて、ああそうだ、タバコを教わったのもあの街だとほくそ笑んだ。
あれから何年経ったのだろうか。今ではあの街以外も、色々な場所で星は見えなくなるほど街は明るくなり、それが珍しいことではなくなってしまった。
どこの場所も同じようなのか。それともあの街だけ、変わっておらずに美しいものなのだろうか。
―あの頃と違って…
はあ、とひとつため息をついた。
その先の事をあまり考えたくはない気分だった。
ふと目線を窓からそらせば、木村が横たわったまま鈴木を眺めていた。
目が合って、ぎょっとする。
「!」
いつの間に起きてたんだ、という疑問が沸いたが、寝ぼけておきたような顔をしているので先ほど起きたばかりかもしれない。
鈴木にはなんとなくそちらのほうが都合がいい、と思った。
タバコを灰皿に押し付け、その手で木村の髪をわしゃわしゃと撫でる。
「寝ないんすか…」
「寝るよ」
明日早いんだから…という木村の言葉を遮って、その頬を強く抓る。
いひゃい、という情けない声で鈴木の手を払いのけようと、のろのろと布団から手を出して静止する。
「ひないふぁら…はひゃくふほんに…」
しないから早くベッドに入ってくださいという言葉は、頬を抓られていて先を紡げない。
木村も鈴木がしたくないから、飲ませられて寝かされた事にはなんとなく気づいているのでそんな前置きをしている。
鈴木は反応せず黙っているので、なんかいつもと調子が違うとは感じていたがそのまま沈黙することにしてみた。
そうして静かになって。
電気の付いてない部屋に、一瞬窓からライトの明かりが強く射して、鈴木の目が光ったように見えた。
「…しないの?」
え、という不甲斐ない言葉の時には部屋は暗くなった。
木村にとって予想外の言葉が鈴木から返ってきた。
どういうことだ、と頭に過ぎっておもわずがばりと体を起こす。
相変わらず頬は鈴木に抓られている。
その手を取り直して、確かめるようにそのまま体を引き寄せた。
「してほしいんですか?」
応えるように、木村の腰を軽く撫でて、肩口に顔を埋める。
いつもより積極的な態度に、どうしたものかと疑問の念を打ったがそのままベッドに押し倒すことにした。

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