それから本当に夕食の30分前まで、鈴木はゆっくりと昼寝をしていた。
(木村がその間、女を引っ掛けに行ったかどうかは定かではない)
外はまだ明るく食事という時間ではないのだが、時間が決まってるので仕方なしに部屋を後にした。
わざわざダイニングバーまで出向いての食事はフランス料理のフルコースだった。
これも木村が敢えて注文したものであった。(これは後でわかったが、新婚コースの食事メニューらしい)
前菜を口に含みながら客を見渡す。
鈴木が思っていたより新婚、もとい恋人同士で来てる数は少なかった。
むしろ平日だからなのだろうか、閑散としているようにも思えた。
このフロアでも自分たちを含めても四組しかいない。
「人、思ったより少ないですね」
一時はこういう生業にも、愛人を連れてこの列車に乗って各地に行く…なんていう時期も合ったのだがそれもバブルの頃までであろう。
「…時代かねぇ」
ぽつりと呟くが、鈴木も木村も気になっていたのは何も人数ではない。
そこよりも…
「浮いてるねぇ」
「ですね」
カップルやら家族連れの中で、男二人、しかもスーツ姿の明らかにその場によく似合わない雰囲気をお互い感じつつも口に出さないでいたのだが。
まあこういうのには「ある意味」慣れっこなもので
「気にしたら、負けですよ」
「してないよ。全然。」
「むしろキスでもして見せ付けますか」
というぐらいの軽口を叩くほどの余裕がある。
(見せつけますかという木村がやや本気だったのが不満であるが)
いつもより少し早く食べ物を口に運ぶ鈴木と、がっついて早食いしせっかくのフルコースが台無しという食べ方をしている木村の利害が一致しているようで。
「「(早く食べて部屋に帰ろう)」」
鈴木は基本的な気分が乗らないが、木村は状況が違うようで、食事のその後を存分に期待していたのである。
。
二人が食事を終えたのは、ちょうど福島の駅に着いたあたりであった。
部屋に帰ってくるとそわそわしてる木村と、それを見てげんなりした鈴木がおんなじベッドに座っている。むしろ鈴木のベッドに木村が寄ってきたという光景なのだが。
この状況で無音はなんだか面倒な雰囲気を作りそうだなと思い、とっさに三面ガラスの左側に設置されているテレビを付けると、野球中継が流れた。
結構な音量で雰囲気とやらをぶち壊しにしてるにも関わらず、変わらず木村はべったりと肩を寄せている。
まずい、と思って基本的な方向を変えるべく。
「木村」
「はい?」
「酒でも飲むか」
「あー…じゃあ、そっちにしましょうか」
ではそっちじゃなかったらどれにするというのか、という野暮ったい一言は聞かないでおく。

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