カシオペア、というのは豊町から出ている寝台特急のことである。
1泊2日を過ごしながら、福島、盛岡を通り、終電函館に向かう。
少々普通の寝台特急とは違い、部屋がホテルの様な作りをしておりやや高めの料金となっている。
別名;新婚特急。
ハネムーンを北海道に行くことが多い時代によく呼ばれていた名前である。またこのホテルの様なこの部屋で初夜を迎える事が多いのもそういう意味合いであった。
飛行機よりも時間がかかる挙句、そんなあからさまな電車で
「お前…スイートって…」
「いやいや、ちゃんと二人ともくつろげるように、大きめの部屋のほうがいいかと思いまして」
この列車にある新婚に一番人気のスイートの部屋を予約していたらしい。
電車の先端部分に部屋が設けられており、三面ガラスから流れ行く風景を目の当たりにできるため、チケット入手さえ困難の一番人気の部屋だという。(その方面の力を無駄に行使したといっていた)
その三面ガラスのすぐ後ろにはツインベッドが用意されており(今は木村がわざわざツインをくっつけてダブル仕様にしている)、そこに二人は座っていた。
列車が動いて早々、既に降りたい気分でいっぱいになっていた。
「…あの」
「…」
呼びかけに応じる事は無く、そこから外を眺めたまま木村を無視する。
「鈴木さん、怒ってます?」
木村が先ほどから、鈴木の顔を覗き込んでそう聞いてくる。
鈴木は怒っている、というよりはあきれていた。
そして一番に呆れているのは木村の行動ではなく態度の方である。
「…すみません」
と誤りながら機嫌を伺うように眺めてくるのだが、これは{機嫌を直して欲しい}という感情で謝っているものであって、決して{自分が悪いことをして謝っている}のではない。
こうしてスイートを取ったのも、ツインをくっつけてダブルにしたのも、神経を逆撫でしているのだがそれは自分のせいという事は疑わない。(でも機嫌が悪いのはわかっているらしい)
――まったく、本当に…
しかし木村の話を無視しながら見ていたが、外はなかなか楽しいものがあった。
今はまだ、さほど豊町から離れてないにしろ、畑がちらほらと見えるようになってきて電車などめったに乗らない鈴木に、その光景は少し刺激があるようだ。
なんとなく外を眺める事が楽しく思えてきて、それが表情にも表れたらしく、(木村の行いによって出来た)眉間の皺が少々無くなった。
それを見計らって、覗き込んでいた木村が顔を近づけ、あまつさえ唇を寄せてきた。
音を立てて頬に口付けをした。
「…おい」
「え?」
「何してるんだ」
「いや、機嫌なおったから、キスしました」
さすがにこの言葉に鈴木も我慢の限界が来たらしい。
上着とネクタイを木村に押し付けるとそのベッドに、倒れこむように横になった。
「……もうしらん。寝る」
「えぇ!?」
そんなあ、鈴木さん、寝るにはまだ早いですよ、ラウンジもあるし、みにいきましょうよ、という木村の言葉を耳に入れない。
「夕食は何時?」
「えっと…多分18時30分です」
「じゃあたっぷり寝れるな」
お休み、とヒラヒラと手を振って布団に潜り込んだ。
木村が困りながら鈴木を揺らすも、その手を払いのけるかのようにパチンと叩いて、そっぽを向く。
眠る直前、最後に聞こえたのは
「いいんですか。俺、ナンパとか行っちゃいますよ」
という、企画した本人とは思えない台詞だった。

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