そういう時の鈴木さんははっきりいってあんまり声を出さない。
いや、なにも女と比較しているつもりではないのだけれど。
ん、とか、あ、とか唸るような、それでいて上擦っている声しか聞いたことない。
あと声が小さくて聞き取りづらい。
布団に顔埋めている時が多いし、顔を向き合わせたってこらえた顔ばかりしている。
はっきりいって苦痛なのか喜んでいるのか嫌がっているのかわからない。
一回してる最中に「ホントに気持ちいいんすか」って直球で聞いたときには灰皿が飛んできたので、それ以降はそういう質問は一切しなくなった。
まあ声を上げている鈴木さんは想像しにくいのだが。
だが最近気づいたことがある。
昂ぶっている時とか興奮している時によく生唾を飲み込む癖があることに。
あまり声を出さない分、吐息が止まって唾を飲む音が良く聞こえるのだ。
まあそれがわかった所でその癖を鈴木さんに吐露したら、嫌悪感で癖をやめてしまうから言えないし、ましてやその材料で鈴木さんがかわいいだのいったらまた灰皿が飛んできそうである。
(飲んだときに言ったらもしかしたら酔ってて灰皿を投げないかもしれない)
そんなわけで今日も、鈴木さんと付き合いで酒を飲んでいる。
結局のところ、あの話を切り出そうにも鈴木さんは一向に酔う気配はないし、自分も話しているうちにそんなことは頭の隅から消えていた。
いっつも鈴木さんに付き合ってもらっているというか、結構あれでいて聞き上手なんだよなぁ、とか思っているうちにすっかり楽しくなってきてしまった。
酔いがだいぶまわった所で「もう一軒いきません?」聞いたら二つ返事でOKが返ってくる。
鈴木さんが自分のグラスに残ってるウィスキーを一気に駆け込んだときに、聞こえたのだ。
「あ」
それはあの生唾を飲み込むときにそっくりの音。
無理やり押し込んだウィスキーと解けた氷が鈴木さんの喉を鳴らして。鈴木さんの体に取り込まれる。
一気に下腹に血が巡るのを感じて、唇を奪いたい衝動に駆られる。
もう一度、その音を、と。
「体に良くないことはやめてください」
「んー? もう一軒行くのに体の心配なんてしてるのか」
「じゃなくて、俺の体によくない。 それは」
思わずしゃがんで、俯く。
「…なんだ体調が悪いのか。 また次の機会にするか」
背中をぽんぽんと擦られて肩がびくっと跳ねた。
そっと顔を上げると、鈴木さんと目があった。
見上げた時は心配そうな顔をしていたが、やがてあきれてるような顔でこちらを見ていた。
「…物欲しそうな顔してんな」
ため息までつかれる始末。
「わかります?」
「だって、顔に書いてあるよ」と言われた。実際物欲しそうな自分の顔など意識して作ってない。そんなこと言われたってわかる筈がない。
「……」
「……」
「このままもう一軒は厳しいっす」
「じゃあ帰る?」
建設的な提案を口にした所で断られそうな雰囲気なので。
立ち上がって、右手を思いっきり上げてタクシーを止めた。左手は鈴木さんの手首をしっかり離さない。
「え? あ?」
止まったタクシーに無理やり引っ張りこんで宝町の三丁目を指定する。もちろん、ホテル街のど真ん中で止まってもらうつもりで。
「おい」
「鈴木さんがいけないんです」
「何でまたそうなる」
「やらしい事するから」
鈴木さんの手が飛び出すかと思ったが、タクシーの運転手が訝しげな表情でこちらをバックミラー越しに見たのでやめてしまったようである。
ため息だけが漏れてその場が静まり返った。
その日はそれで満足したものの、これから鈴木さんが喉をならして飲むたびに欲情しないようにどうしたらいいか未だに解決策はない。

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