組長から、昔にムショの飯を共にしたという友人の話がある。
組長も友人も互いに違う愚連隊の下っ端だった。
そういった境遇から刑務所内でいつしか話すようになり、情勢の話から成り上がりの夢まで、互いに語りあった。
刑務所を出てから彼は実家の北海道で、組長は熱海で生業を始めた。
友人は愚連隊の外れた連中ばかりを吸収して組を作り、組長は愚連隊の仲間と自警団を組んだ。(その後に高度経済成長期の少し前に大きな組を築くまで色々あるのだが)
年月は過ぎ、出身や経緯は違えど互いにそれ相当の立場に付いた。北海道と東京という距離がありながらも連絡は頻繁に取り合っていた。
というよりは連絡が日課のような日々もあれば、ぱったりと音信不通のようなときもある。
最近は久方ぶりに組長から連絡を取りたい気分になり、電話を掛けた。
その友人との話で、久方に会って話したいが予定も合わず距離も遠い為、話が止まったときに組長から「若いモンに土産を持って行かせる」という提案が出た。
若いもの、といっても太田とか安達のような下っ端ではなく若頭を遣す、という事だ。
その言葉に友人も大喜びした。組長が来ないといえども組長の片腕といっても過言ではない、若頭を伺える機会なのだから。
友人も友人で「こっちに来たからにはしっかりとおもてなしをしませんと」と張り切っている様子がわかる。
とんとん拍子で日取りから何からあっさり決まってしまった。
それを酒の席で、鈴木から聞いた木村は面白くない顔をしていた。
「んー? お前も一緒に行くのは嫌とか? 寒いの苦手なんだろ」
鼻で木村を笑ってグラスを一気に傾ける。
「あ、そうじゃなくて…」
否定はしてみるものの、心底不愉快な気分だった。
組長の大事なお客、古き友人の話は昔から鈴木から聞いてはいたし、鈴木も昔から組長に何度も聞かされていたに違いない。
そしてその友人に、組長の片腕として紹介されるのだ。
上機嫌を隠しきれていないのが良くわかる。それが癪に障るのだ。
「五月の北海道はあったかいらしい。雪も積もってないんだとさ」
北海道に行ったことを、想像しながら話すことも嫌だった。
木村の性格的に人の話を聞くのは嫌いではなかったが、自分が話題の中心で無いのは好きではなかった。
その自分の話ではないという自儘な感情と、鈴木の感情が自分以外の所で昂ぶっているのが許せないという嫉妬が、頭をチラついていい気にはまったくなれなかった。
―面白くない
明らかに不機嫌になってきた時に話題が少し変わった。
「そうだ。 当日、北海道までの交通機関はお前が手配してくれるといいんだけど」
「はあ」
つまり飛行機をおさえておけ、ということなのだろう。
飛行機のチケットなんてどこでも…
―まてよ。 とりあえず「交通機関を手配しておけば」いいんだろ
妙案がふと浮かんだ。
それを想像すると楽しくなってきた。
「じゃあ時間調べて取っておきますね」
「ん」
そういって上機嫌に頷く鈴木には、木村が口の端を上げることに気がつかなかった。

PR