それから暫く経ってから。
木村は自宅マンションの前に止まったクラクションで目が覚めた。
朝とはいえない時間であるが夜型の木村にとってこんな時間に起こされてはたまったもんではい。(いつもは午後に起きることが大半である)
車がもう一度クラクションをならした時に木村が体を起こして飛び起きた。
「あ!」
隣で同じく裸で寝ていた鈴木も、木村の起き上がる動作で起こされた。
前夜の話は割愛するが、疲れがたまっているために起こされて腹が立つ。
「鈴木さん起きてください! もう行く時間ですよ!!」
そういって木村があわててスーツを着る。
木村の一言にまったく意味がわからない。 寝ぼけているせいで思い出せないのだろうか。
「行くって…どこに。」
「北海道です」
その一言に目が点になった。
北海道は次の日だったはず。
次の日の夕方の便で向こうに着くという話ではないのか。
「おいおい、それは明日だろ」
「それより早く着替えてくださいよ」
会話にならないまま焦らされてスーツを着て外に出る。
そこには大田の車が止まっていた。さっきからクラクションを鳴らしていたのは彼のようだ。
「おーす木村…ってあれ? 鈴木さんも一緒でしたか」
慌てて大田が車から降りて後方のドアを開けた。
大田が迎えに来てるという状況がなんとなく把握できた所で車がその場を離れた。
「つか鈴木さん、木村の所にいたんすね。 鈴木さんの家迎えに行く手間省けたっすけど…。」
「あー、鈴木さん俺ん家で一緒にお前の車待ちしてたんだよ。 行ったりきたりで面倒だと思って」
勝手に待ち合わせにされている事に鈴木はため息をついた。
と同時に納得したように一人でうなづく。
――だから俺のスーツをハンガーに掛けといたのか。 まったく何が「皺になるから困るでしょ」だ
とりあえず憂さ晴らしに木村の足を踵で踏んどいてやる。
「いっ!?」
勝手に予定を早めといて一言も言わないのかという念を深く送るが、木村は目を合わせようとはしない。
しかし、走る道路を眺めながらふと空港方面では無いことに感づいた。
「大田、これどこに…
「しっかし鈴木さんもまさか飛行機嫌いだと思いませんでしたよ」
割り込まれた会話に鈴木は言葉が紡げなくなった。
鈴木は飛行機が嫌いなど一言も言ったことはなかった。
「おい…大田それは言うなって」
木村がその一言で冷や汗をかいてるのが鈴木にはわかった。
しかし運転している大田には木村の表情が見えないためそのまま話を続けた。
「飛行機嫌いなら新幹線でいけばいいのに鈴木さんも物好きっすよね。 ゆったりしたいからってまさか鈍行中の鈍行の電車で行くなんて」
「鈍行中の鈍行?」
「あっスイマセン…悪く言うつもりじゃないんすけど…」
話がずれていたが構わず聞く。
「いやそうじゃなくて…だから新幹線じゃなくて何で行くの?」
「はい? 鈴木さんが決めたんでしょ……っと着きましたよ」
大田は答えようとした所で目的地に着いた。
豊町の駅の入り口であった。
「さっさと行きましょうよ、鈴木さん」
木村が急かすように車から降りて、後部座席から鈴木を降ろそうとドアを開けた。
「カシオペアでしょ」
「カシオペア…」
何処かで聞いたことある単語だが思い出せない。
木村が焦ったように鈴木の顔を覗き込む。
これ以上聞かれたくないようなのはわかるが、それ以前にどういう経緯でこうなったのかも知らないのに何も聞かないほうがおかしい。
だが、
「ほら、そろそろ行かないと電車に乗り遅れたら困りますし。 向こうの組の奴も到着時間には駅で待ってるみたいですから」
人を待たせてある、の木村の一言で大田から聞き出すのを止めた。向こうの組に迷惑を掛ける訳には行かないからだ。
今から電車に乗って何時間かかるというのだ。飛行機で行けばすぐ着くというのに…。
「勝手に予定変えたりして…ましてや電車なんて…」
愚痴るように続けていた鈴木から言葉が無くなる。
――そうか。聞いたことあると思ったら。
駅のホームに着いてから鈴木は思い出すと同時に後悔する。
早く思い出しとけば、カシオペアの単語が時点で木村と別れて飛行機に乗れたのに。

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